【企画 花主】病気の看病・1
変り種 選択課題・ラブラブな二人へ * お題配布元 >> リライト様
花主仲間でお友達でもあるまやさんとの共同企画です。
最初に公開した「雨に濡れる」の続きになってます。
が! まだ終わってません。「病気の看病・2」に続きます;;
(6/13続きUPしました。ENDマークついてます)
と言いつつ、これだけでもお題はクリアしてる気がしますねぇ。でももうちょっと続きます、すみません。
ラブ……になってますでしょうか? なってるといいなぁ。
相変わらず花主というより主花に見えるのは、当サイトの仕様です……orz
<< 雨に濡れる
*****
なんだか身体が熱い。べったりと張り付く髪の毛が気持ち悪くて、陽介は目を覚ました。
「あれ? ここ……?」
目に入った自分の部屋のものでない天井に一瞬思考が停止する。が、すぐに昨日のことを思い出した。
「そうか、月森の」
打ちひしがれて土砂降りの中を歩いていた自分は、同じく土砂降りの中なぜか釣りなんぞをしていた孝介に保護された。そして――陽介にしてみれば――なんとなく二人で堂島家まで帰りつき、風呂を借りてそのまま泊まった。
だから隣には孝介が寝ている。
「あり?」
――はずなのだが。
そこには既に畳まれた布団が積み上げられているだけだった。黙って物音に耳を澄ませば階下に人の気配。おそらくこれは朝食の支度をしている音だろう。ということはつまり、孝介はとっくに起きだしているということ。
「なんだ、つまんねー」
めったに見れない恋人の寝顔が拝めるかと思った陽介はかなりの勢いで落胆した。もうこのまま布団から出ることなど止めてしまおうか、と言う気になりかけたが、良く考えるまでもなくこんな朝早くから孝介と一緒にいられる機会もそうない。ならば少しの時間でも大事にしようと思いなおし、勢い良く布団から身体を起こした。
「え」
とたんぐらりと歪む視界。余りの寒さに歯の根が合わずガチガチと震える身体。
不吉な予感がして自分の額に手を当てると、汗で湿った髪の毛が張り付いていた。それを何とか掻き分け露にすると、汗が外気に触れて一部乾き熱が奪われる。同時にゾクリと背筋を駆け上る悪寒。
「マジかよ」
明らかにこれは『風邪』の症状だ。しかも自分の手が熱を持っていることを差し引いても、触れる額の温度はかなり高い。
「がー……」
熱があることを自覚したとたん、陽介はぐずぐずと布団に崩れ落ちた。そしてさっき剥いだ掛け布団を肩口まで引きずり上げるが、一度寒気を覚えてしまった身体はそれぐらいではちっとも温かくならない。それどころか自覚した分かえって酷くなる有様だ。
そんな陽介に情けをかけず、時計は刻一刻と登校時間へと近づいていく。これが普段だったら即病欠を学校に連絡しているところなのだが、如何せんここは自宅ではない。まさか孝介の部屋で寝込む訳にもいかないと、どうにかして身体を起こそうと試みるが。
「花村ー、そろそろ起きないと遅刻するぞ」
階段下で孝介の呼ぶ声がしても、布団から出る気力もない。
「一旦制服取りに家帰るんだろう? いつまでも寝てると時間……」
そうこうしているうちに焦れた孝介が部屋まで上がってきてしまった。ドアを開けた彼の目に入るのは当然真っ赤な顔をして布団にくるまる陽介の姿。それが何を意味しているかなど、説明するまでもない。
「…………」
全てを悟った孝介が言葉を失ったのがわかる。陽介的にはこの空気を払拭するためにも、一発強がって平気なところを見せておきたかったのだが、そんなことができるくらいならとっくに布団から起き出している。
(カッコ悪ぃ……)
昨日さんざん迷惑をかけたのに、それだけで済まないなんて情けなさ過ぎて涙が出る。あわせる顔もなくて、掛け布団を更に引き上げ頭のてっぺんまで潜り込んだ。閉じた視界に息苦しさを感じるが、それが布団の中であるからなのか、それとも熱のせいなのか、はたまた孝介から感じる――気がする――無言のプレッシャーのせいなのか、今の陽介の溶けかけた脳みそでは判断することもままならない。
そんな陽介の気持ちを知ってか知らずか、孝介が再び部屋を出て行く気配がした。階段を降りて行く足音に自然陽介の身体から力が抜ける。そこで初めて先程自身に問いかけた答えが出たことにすら、陽介は気付かなかった。ただ、荒くなる一方の呼吸に喘ぐばかり。それが更に布団の中に充満し、そのあまりの息苦しさにいい加減布団の中も限界だと思った頃、孝介が部屋へ戻ってきた。
「口、開けて」
渾身の力で掛け布団を押さえつけていたはずなのに、いとも簡単にそれを剥がされ、覗いた顔が手にした体温計を差し出した。ここまできたら抵抗しても仕方がない。言われるまま口を開きかけてはたと思い当たる。これはもしかして。
「……間接ちゅー?」
「洗ってあるに決まってるだろう。馬鹿言ってないでさっさと咥えろ」
些か乱暴に口の中に突っ込まれた体温計の先を舌下に挟む。実の所口を閉じているのも辛いのだが、そこは心配そうに覗き込む恋人の顔を堪能することでやり過ごした。程なく検温終了を知らせる電子音がする。のろのろとした動きで陽介が体温計に手を伸ばすより早く、孝介はそれを抜き取るとデジタル表示を真剣な顔で見つめた。
「三十八度五分、か。学校連絡してくる。それと花村の家にも」
検温結果に僅かにかけてた希望すら打ち砕かれ、陽介の病欠は確定となる。
「ごめんな、なんか迷惑かけっぱなしで」
「気にするな。電話したら薬持ってくるからちゃんと寝てろよ」
「あ、うん。サンキュー」
大きく深呼吸して身体から熱を吐き出し掛け布団を引き上げる。それを奪うようにして孝介がしっかりと布団を掛けてくれた。僅かに首の脇を押すようにして肩口から外気が入りこむのも防いでくれる。大した事ではないのだが、孝介にやって貰ったと言うだけで寒気が飛ぶ様な気がする。ほっとして目を閉じた陽介の額を孝介の手がゆっくりと撫でた。
「その前に着替えた方が良さそうだけど、動けるか?」
おそらくその手に汗が触れたのだろう、問いかけられて目を開けると、先ほど陽介が見惚れた心配そうな顔を寄せて孝介がたずねてくる。
「今は、ちょっと無理っぽい」
頬に触れる息すら熱く感じて、ドキドキと胸が高鳴る。これは熱のせいじゃない。
(あーもーっ! なんで俺今風邪ひいてんだよ!)
正しく風邪をひいているからこそ孝介が心配してくれているのに、自分の身体がままならない事が悔しくて陽介は心の中で歯軋りをする。
「じゃあ、朝食食べた後に手伝ってやるから、それまで身体冷やすなよ?」
「わ、わかった」
今すぐ布団を剥ぎ取って襲い掛かりたい衝動を敷布団をしっかり握ることで何とかやり過ごし返事をした陽介に、孝介が満足そうな笑顔を向けた。それすら陽介の感情をガクガクと揺する。というかもう色々崩壊しかかっていて、どうにもならないというのが本当のところだ。
(ホント、風邪ひいてなかったら何やらかしてたかわかんねぇや)
苦笑しつつ再び閉じようとした陽介の目の端に、部屋を出て行く孝介が映りこむ。その口にはさっきまで自分が口にしていた体温計が咥えられていて。
驚いた陽介と目が合った瞬間。
「間接ちゅー」
孝介はからかうような笑顔でそう呟いて部屋の扉を閉めた。残されたのは更に顔を赤くする陽介のみ。
「ばっかやろ、うつるっつの」
と嘯いてみるものの、実情は。
(その前に熱上がりすぎて死ぬかも)
明らかに先程より熱が上がった気がする陽介だった。
*
「じゃあ、な」
「お兄ちゃん行ってきまーす」
「うん気をつけてね」
学校と陽介の家に連絡した後、孝介は菜々子と堂島を送り出した。あと一日ずれていれば明日は日曜日だったので、こんな面倒な事にならなかったよな、とひとりごちるも仕方がない。今日おとなしくしていればすぐに治るだろう。念のためと千枝にも電話を入れて見舞いに来るなら明日以降にしてもらうように言い含める。ちょうど傍に雪子もいたようで、すごく心配されてしまったけれど、何とかそこは理解してもらえたようだ。
玄関に鍵をかけて台所に戻ってくると、先ほど引っ張り出してきた氷枕を準備する。菜々子が熱を出した時を考えて冷凍庫に多めに氷を用意しておいたのが功を奏し、これなら数回作り直すことも可能だ。孝介はその氷を取り出すと氷枕の口を開けガラガラと放り込んだ。半分ほど入れたところで水を入れて口を閉じ、手早くタオルを巻き平らにして感触を確かめる。このくらいなら頭に当たっても痛くないだろう。もうひとつ、冷蔵庫から冷却シートも取り出すと、用意しておいたお盆とそれらを持って陽介が寝ている自室へとあがっていった。
「お待たせ。とりあえずなんか食べないと薬飲めないから、お粥作ってきた」
ドアの開く音と孝介の声で目を開けた陽介は見るからに辛そうで。それを見た孝介の顔が自然と歪む。起きた時隣で寝ていた陽介に何も感じなかった自分が忌々しい。そもそも昨日あれだけ濡れたのだから、もっと暖かくして寝ればよかったなどと今更後悔しても始まらない。ともかく今は安静にさせることが一番だ。
手にしていたものを脇へと下ろすと、自由になった両腕で陽介の身体を起こしてやる。脇に寄せてあったソファが良い背もたれになりそうなので、上からクッションを下ろして背中とソファの間に挟んだ。
「大丈夫か?」
「ああ」
とりあえず、無理にでも少し腹を満たしておかなければと、孝介は持ってきたお粥を手渡そうとした。けれど、陽介は息をするのもやっとに見え、とてもじゃないが自分で食べられそうもない。それならばと、孝介はスプーンを手に取りひと匙すくった。そしてそのまま陽介の口に運ぼうとして、立ち上る湯気がその熱さを物語っているのに気付き慌てて引っ込める。ふーふーと数回息をかけ荒熱が取れたところで、再びそのスプーンを陽介の口元に差し出した。
「ほら、あーん」
「え、や、いいって、自分で食える」
「いいから、ほら」
渡したとしてもうっかり零しかねないほどふらふらした腕を伸ばした陽介から器を遠ざけ、もう一度口元にスプーンを宛がう。陽介はしばし無言でスプーンと孝介の顔を交互に見ていたが、観念したようにお粥を口に含んだ。数回咀嚼してこくりと喉へ落とす。
「食べられそう?」
「うーん、全部は無理、かな。味もわかんねぇし」
「そっか、じゃあ食べられるだけでいいから、ほら」
もう一度、とスプーンを差し出すと、今度は抵抗なくそれを咥えた。二口、三口と繰り返したが、器の中身が半分になる前に陽介はギブアップする。山盛りにしてきた訳じゃないので実際食べた量はほんの僅かだが、それでも食べてくれただけで孝介はホッとした。
それじゃあ次はと、中身の残った器をお盆に戻し、代わりに水の入ったコップと風邪薬を手に取る。
「これ飲んで」
差し出されたコップから水を含み、言われるまま陽介が薬を飲んだ。市販の風邪薬ではあるが、とりあえずはこれで何とかなるだろう。
後は着替えだ。箪笥の中から替えのパジャマと下着代わりのTシャツを手に取り、既にぐったりとソファに凭れる陽介を引き起こした。
「もうちょっと我慢しろ」
「ん、わり」
腕を折り曲げてパジャマを抜くと、汗でかなり湿っているのがわかる。外気に触れたせいなのか、それとも熱で寒いのか露になった陽介の肌がざわめいていた。急いでタオルで汗をふき取り、頭からTシャツを被せる。それに何とか陽介が腕を通したところで、パジャマの上を着せた。
「次は下な。腰上げられるか?」
残っていた掛け布団を陽介の足の下へと剥ぎ取り、パジャマの下に手をかける。何度も腰を上げるのは辛いだろうから、いっきに下着ごと引き抜こうとする孝介に気付き、陽介が弱々しい抵抗を見せた。
「や、さすがにそれはいいって! つか止めて!」
「うるさい。今更照れることでもないだろう。ほら、腰上げろって」
「待て待て待て、そういうことじゃないだろこれ!」
孝介が引き摺り下ろそうとするのを陽介が必死に引き上げるが、そこはそれ、熱の高い人間の力などたいしたことはなく。ずるり、と下着ごと引き抜くことに成功した。
「あああああぁぁぁぁ」
露になった下半身の中心を最後の抵抗とばかりに両の掌で抑えている陽介を尻目に、僅かに汗で濡れる足をタオルで拭く。本当は陽介の手すら退かして拭きたかったが、その気配を察した陽介が――熱も忘れて――必死に首を振るので仕方なく諦め、替えの下着とパジャマの下を組み合わせて足元から引き上げる。今度はさしたる抵抗もなく、それらはあるべき位置に収まった。
「……俺もうお嫁にいけない」
「行かないし。まあ、どうしてもって言うならおれが貰ってやるから気にするな」
「そういう事をサラッと言うなよサラッと!! つか貰うのは俺だから! 嫁はお前!」
「はいはい、いいから寝ろ」
足元から掛け布団を引き上げて身体を横にするよう促すと、適当にあしらわれているのに不満を感じながらも、騒いだせいで無い体力が更に奪われ限界ギリギリの陽介は大人しく身体を横たえた。肩口まで布団を引き上げて、その上から更にもう一枚掛け布団を増やしてやる。重たいかもしれないが今より暖かくなるのは間違いない。しっかり暖めて汗をかけばその分治りも早い。その為にはおそらくもう一度今のやり取りをしながら着替えさせねばならないだろうが、それはそれ。
そして最後、頭を冷やすために枕を抜き取り持参した氷枕を宛がった。
「おー冷てぇ」
じんわりと冷気が伝わったのだろう、陽介が気持ちよさそうな声を上げた。その声に満足しながら仕上げとばかりに冷却シートを額に貼り付ける。これでだいたいの処置は完了だ。
「じゃ、しっかり寝てろよ? なんかあったら携帯鳴らせ」
「ん」
枕元に陽介の携帯を置いてから、脱がしたパジャマとお盆を手にとって孝介は立ち上がった。
「月森、サンキューな」
ドアに向かって歩き出す孝介の背中に陽介が言葉を続ける。
「堂島さんにも世話かけてすみませんってあやまっといて。あと、菜々子ちゃんに遊んであげられなくてごめんって」
「わかった言っとく。でも、気にしなくていいから花村はしっかり寝て、早く治せ」
「だな、うんわかった」
弱々しい笑顔で、陽介が頷く。
「おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じて程なく眠りに落ちた陽介を見届けてから孝介は部屋を後にした。
階段を降りきると台所にお盆を置いてから洗面所に向かい、手にした洗濯物と昨日でたものをまとめて洗濯機に放り込みスイッチを入れる。今日は天気が良いから朝のうちに干してしまえば夕方には乾くだろう。
洗い終わるまでの時間を利用して他の家事を済ませてしまおうと、孝介は台所にとって返した。
花主仲間でお友達でもあるまやさんとの共同企画です。
最初に公開した「雨に濡れる」の続きになってます。
が! まだ終わってません。「病気の看病・2」に続きます;;
(6/13続きUPしました。ENDマークついてます)
と言いつつ、これだけでもお題はクリアしてる気がしますねぇ。でももうちょっと続きます、すみません。
ラブ……になってますでしょうか? なってるといいなぁ。
相変わらず花主というより主花に見えるのは、当サイトの仕様です……orz
<< 雨に濡れる
*****
なんだか身体が熱い。べったりと張り付く髪の毛が気持ち悪くて、陽介は目を覚ました。
「あれ? ここ……?」
目に入った自分の部屋のものでない天井に一瞬思考が停止する。が、すぐに昨日のことを思い出した。
「そうか、月森の」
打ちひしがれて土砂降りの中を歩いていた自分は、同じく土砂降りの中なぜか釣りなんぞをしていた孝介に保護された。そして――陽介にしてみれば――なんとなく二人で堂島家まで帰りつき、風呂を借りてそのまま泊まった。
だから隣には孝介が寝ている。
「あり?」
――はずなのだが。
そこには既に畳まれた布団が積み上げられているだけだった。黙って物音に耳を澄ませば階下に人の気配。おそらくこれは朝食の支度をしている音だろう。ということはつまり、孝介はとっくに起きだしているということ。
「なんだ、つまんねー」
めったに見れない恋人の寝顔が拝めるかと思った陽介はかなりの勢いで落胆した。もうこのまま布団から出ることなど止めてしまおうか、と言う気になりかけたが、良く考えるまでもなくこんな朝早くから孝介と一緒にいられる機会もそうない。ならば少しの時間でも大事にしようと思いなおし、勢い良く布団から身体を起こした。
「え」
とたんぐらりと歪む視界。余りの寒さに歯の根が合わずガチガチと震える身体。
不吉な予感がして自分の額に手を当てると、汗で湿った髪の毛が張り付いていた。それを何とか掻き分け露にすると、汗が外気に触れて一部乾き熱が奪われる。同時にゾクリと背筋を駆け上る悪寒。
「マジかよ」
明らかにこれは『風邪』の症状だ。しかも自分の手が熱を持っていることを差し引いても、触れる額の温度はかなり高い。
「がー……」
熱があることを自覚したとたん、陽介はぐずぐずと布団に崩れ落ちた。そしてさっき剥いだ掛け布団を肩口まで引きずり上げるが、一度寒気を覚えてしまった身体はそれぐらいではちっとも温かくならない。それどころか自覚した分かえって酷くなる有様だ。
そんな陽介に情けをかけず、時計は刻一刻と登校時間へと近づいていく。これが普段だったら即病欠を学校に連絡しているところなのだが、如何せんここは自宅ではない。まさか孝介の部屋で寝込む訳にもいかないと、どうにかして身体を起こそうと試みるが。
「花村ー、そろそろ起きないと遅刻するぞ」
階段下で孝介の呼ぶ声がしても、布団から出る気力もない。
「一旦制服取りに家帰るんだろう? いつまでも寝てると時間……」
そうこうしているうちに焦れた孝介が部屋まで上がってきてしまった。ドアを開けた彼の目に入るのは当然真っ赤な顔をして布団にくるまる陽介の姿。それが何を意味しているかなど、説明するまでもない。
「…………」
全てを悟った孝介が言葉を失ったのがわかる。陽介的にはこの空気を払拭するためにも、一発強がって平気なところを見せておきたかったのだが、そんなことができるくらいならとっくに布団から起き出している。
(カッコ悪ぃ……)
昨日さんざん迷惑をかけたのに、それだけで済まないなんて情けなさ過ぎて涙が出る。あわせる顔もなくて、掛け布団を更に引き上げ頭のてっぺんまで潜り込んだ。閉じた視界に息苦しさを感じるが、それが布団の中であるからなのか、それとも熱のせいなのか、はたまた孝介から感じる――気がする――無言のプレッシャーのせいなのか、今の陽介の溶けかけた脳みそでは判断することもままならない。
そんな陽介の気持ちを知ってか知らずか、孝介が再び部屋を出て行く気配がした。階段を降りて行く足音に自然陽介の身体から力が抜ける。そこで初めて先程自身に問いかけた答えが出たことにすら、陽介は気付かなかった。ただ、荒くなる一方の呼吸に喘ぐばかり。それが更に布団の中に充満し、そのあまりの息苦しさにいい加減布団の中も限界だと思った頃、孝介が部屋へ戻ってきた。
「口、開けて」
渾身の力で掛け布団を押さえつけていたはずなのに、いとも簡単にそれを剥がされ、覗いた顔が手にした体温計を差し出した。ここまできたら抵抗しても仕方がない。言われるまま口を開きかけてはたと思い当たる。これはもしかして。
「……間接ちゅー?」
「洗ってあるに決まってるだろう。馬鹿言ってないでさっさと咥えろ」
些か乱暴に口の中に突っ込まれた体温計の先を舌下に挟む。実の所口を閉じているのも辛いのだが、そこは心配そうに覗き込む恋人の顔を堪能することでやり過ごした。程なく検温終了を知らせる電子音がする。のろのろとした動きで陽介が体温計に手を伸ばすより早く、孝介はそれを抜き取るとデジタル表示を真剣な顔で見つめた。
「三十八度五分、か。学校連絡してくる。それと花村の家にも」
検温結果に僅かにかけてた希望すら打ち砕かれ、陽介の病欠は確定となる。
「ごめんな、なんか迷惑かけっぱなしで」
「気にするな。電話したら薬持ってくるからちゃんと寝てろよ」
「あ、うん。サンキュー」
大きく深呼吸して身体から熱を吐き出し掛け布団を引き上げる。それを奪うようにして孝介がしっかりと布団を掛けてくれた。僅かに首の脇を押すようにして肩口から外気が入りこむのも防いでくれる。大した事ではないのだが、孝介にやって貰ったと言うだけで寒気が飛ぶ様な気がする。ほっとして目を閉じた陽介の額を孝介の手がゆっくりと撫でた。
「その前に着替えた方が良さそうだけど、動けるか?」
おそらくその手に汗が触れたのだろう、問いかけられて目を開けると、先ほど陽介が見惚れた心配そうな顔を寄せて孝介がたずねてくる。
「今は、ちょっと無理っぽい」
頬に触れる息すら熱く感じて、ドキドキと胸が高鳴る。これは熱のせいじゃない。
(あーもーっ! なんで俺今風邪ひいてんだよ!)
正しく風邪をひいているからこそ孝介が心配してくれているのに、自分の身体がままならない事が悔しくて陽介は心の中で歯軋りをする。
「じゃあ、朝食食べた後に手伝ってやるから、それまで身体冷やすなよ?」
「わ、わかった」
今すぐ布団を剥ぎ取って襲い掛かりたい衝動を敷布団をしっかり握ることで何とかやり過ごし返事をした陽介に、孝介が満足そうな笑顔を向けた。それすら陽介の感情をガクガクと揺する。というかもう色々崩壊しかかっていて、どうにもならないというのが本当のところだ。
(ホント、風邪ひいてなかったら何やらかしてたかわかんねぇや)
苦笑しつつ再び閉じようとした陽介の目の端に、部屋を出て行く孝介が映りこむ。その口にはさっきまで自分が口にしていた体温計が咥えられていて。
驚いた陽介と目が合った瞬間。
「間接ちゅー」
孝介はからかうような笑顔でそう呟いて部屋の扉を閉めた。残されたのは更に顔を赤くする陽介のみ。
「ばっかやろ、うつるっつの」
と嘯いてみるものの、実情は。
(その前に熱上がりすぎて死ぬかも)
明らかに先程より熱が上がった気がする陽介だった。
*
「じゃあ、な」
「お兄ちゃん行ってきまーす」
「うん気をつけてね」
学校と陽介の家に連絡した後、孝介は菜々子と堂島を送り出した。あと一日ずれていれば明日は日曜日だったので、こんな面倒な事にならなかったよな、とひとりごちるも仕方がない。今日おとなしくしていればすぐに治るだろう。念のためと千枝にも電話を入れて見舞いに来るなら明日以降にしてもらうように言い含める。ちょうど傍に雪子もいたようで、すごく心配されてしまったけれど、何とかそこは理解してもらえたようだ。
玄関に鍵をかけて台所に戻ってくると、先ほど引っ張り出してきた氷枕を準備する。菜々子が熱を出した時を考えて冷凍庫に多めに氷を用意しておいたのが功を奏し、これなら数回作り直すことも可能だ。孝介はその氷を取り出すと氷枕の口を開けガラガラと放り込んだ。半分ほど入れたところで水を入れて口を閉じ、手早くタオルを巻き平らにして感触を確かめる。このくらいなら頭に当たっても痛くないだろう。もうひとつ、冷蔵庫から冷却シートも取り出すと、用意しておいたお盆とそれらを持って陽介が寝ている自室へとあがっていった。
「お待たせ。とりあえずなんか食べないと薬飲めないから、お粥作ってきた」
ドアの開く音と孝介の声で目を開けた陽介は見るからに辛そうで。それを見た孝介の顔が自然と歪む。起きた時隣で寝ていた陽介に何も感じなかった自分が忌々しい。そもそも昨日あれだけ濡れたのだから、もっと暖かくして寝ればよかったなどと今更後悔しても始まらない。ともかく今は安静にさせることが一番だ。
手にしていたものを脇へと下ろすと、自由になった両腕で陽介の身体を起こしてやる。脇に寄せてあったソファが良い背もたれになりそうなので、上からクッションを下ろして背中とソファの間に挟んだ。
「大丈夫か?」
「ああ」
とりあえず、無理にでも少し腹を満たしておかなければと、孝介は持ってきたお粥を手渡そうとした。けれど、陽介は息をするのもやっとに見え、とてもじゃないが自分で食べられそうもない。それならばと、孝介はスプーンを手に取りひと匙すくった。そしてそのまま陽介の口に運ぼうとして、立ち上る湯気がその熱さを物語っているのに気付き慌てて引っ込める。ふーふーと数回息をかけ荒熱が取れたところで、再びそのスプーンを陽介の口元に差し出した。
「ほら、あーん」
「え、や、いいって、自分で食える」
「いいから、ほら」
渡したとしてもうっかり零しかねないほどふらふらした腕を伸ばした陽介から器を遠ざけ、もう一度口元にスプーンを宛がう。陽介はしばし無言でスプーンと孝介の顔を交互に見ていたが、観念したようにお粥を口に含んだ。数回咀嚼してこくりと喉へ落とす。
「食べられそう?」
「うーん、全部は無理、かな。味もわかんねぇし」
「そっか、じゃあ食べられるだけでいいから、ほら」
もう一度、とスプーンを差し出すと、今度は抵抗なくそれを咥えた。二口、三口と繰り返したが、器の中身が半分になる前に陽介はギブアップする。山盛りにしてきた訳じゃないので実際食べた量はほんの僅かだが、それでも食べてくれただけで孝介はホッとした。
それじゃあ次はと、中身の残った器をお盆に戻し、代わりに水の入ったコップと風邪薬を手に取る。
「これ飲んで」
差し出されたコップから水を含み、言われるまま陽介が薬を飲んだ。市販の風邪薬ではあるが、とりあえずはこれで何とかなるだろう。
後は着替えだ。箪笥の中から替えのパジャマと下着代わりのTシャツを手に取り、既にぐったりとソファに凭れる陽介を引き起こした。
「もうちょっと我慢しろ」
「ん、わり」
腕を折り曲げてパジャマを抜くと、汗でかなり湿っているのがわかる。外気に触れたせいなのか、それとも熱で寒いのか露になった陽介の肌がざわめいていた。急いでタオルで汗をふき取り、頭からTシャツを被せる。それに何とか陽介が腕を通したところで、パジャマの上を着せた。
「次は下な。腰上げられるか?」
残っていた掛け布団を陽介の足の下へと剥ぎ取り、パジャマの下に手をかける。何度も腰を上げるのは辛いだろうから、いっきに下着ごと引き抜こうとする孝介に気付き、陽介が弱々しい抵抗を見せた。
「や、さすがにそれはいいって! つか止めて!」
「うるさい。今更照れることでもないだろう。ほら、腰上げろって」
「待て待て待て、そういうことじゃないだろこれ!」
孝介が引き摺り下ろそうとするのを陽介が必死に引き上げるが、そこはそれ、熱の高い人間の力などたいしたことはなく。ずるり、と下着ごと引き抜くことに成功した。
「あああああぁぁぁぁ」
露になった下半身の中心を最後の抵抗とばかりに両の掌で抑えている陽介を尻目に、僅かに汗で濡れる足をタオルで拭く。本当は陽介の手すら退かして拭きたかったが、その気配を察した陽介が――熱も忘れて――必死に首を振るので仕方なく諦め、替えの下着とパジャマの下を組み合わせて足元から引き上げる。今度はさしたる抵抗もなく、それらはあるべき位置に収まった。
「……俺もうお嫁にいけない」
「行かないし。まあ、どうしてもって言うならおれが貰ってやるから気にするな」
「そういう事をサラッと言うなよサラッと!! つか貰うのは俺だから! 嫁はお前!」
「はいはい、いいから寝ろ」
足元から掛け布団を引き上げて身体を横にするよう促すと、適当にあしらわれているのに不満を感じながらも、騒いだせいで無い体力が更に奪われ限界ギリギリの陽介は大人しく身体を横たえた。肩口まで布団を引き上げて、その上から更にもう一枚掛け布団を増やしてやる。重たいかもしれないが今より暖かくなるのは間違いない。しっかり暖めて汗をかけばその分治りも早い。その為にはおそらくもう一度今のやり取りをしながら着替えさせねばならないだろうが、それはそれ。
そして最後、頭を冷やすために枕を抜き取り持参した氷枕を宛がった。
「おー冷てぇ」
じんわりと冷気が伝わったのだろう、陽介が気持ちよさそうな声を上げた。その声に満足しながら仕上げとばかりに冷却シートを額に貼り付ける。これでだいたいの処置は完了だ。
「じゃ、しっかり寝てろよ? なんかあったら携帯鳴らせ」
「ん」
枕元に陽介の携帯を置いてから、脱がしたパジャマとお盆を手にとって孝介は立ち上がった。
「月森、サンキューな」
ドアに向かって歩き出す孝介の背中に陽介が言葉を続ける。
「堂島さんにも世話かけてすみませんってあやまっといて。あと、菜々子ちゃんに遊んであげられなくてごめんって」
「わかった言っとく。でも、気にしなくていいから花村はしっかり寝て、早く治せ」
「だな、うんわかった」
弱々しい笑顔で、陽介が頷く。
「おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じて程なく眠りに落ちた陽介を見届けてから孝介は部屋を後にした。
階段を降りきると台所にお盆を置いてから洗面所に向かい、手にした洗濯物と昨日でたものをまとめて洗濯機に放り込みスイッチを入れる。今日は天気が良いから朝のうちに干してしまえば夕方には乾くだろう。
洗い終わるまでの時間を利用して他の家事を済ませてしまおうと、孝介は台所にとって返した。
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