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引き止める勇気くらい持て。
花村×主人公



鞄を小脇に抱えて帰り道を駆ける。校門を飛び出して、のんびりと下校する生徒達を掻き分け走り続ける。そして、鮫川の土手にさしかかった辺りで、孝介はようやく目当ての人物の姿を見つけ、まだ遠いその背中に呼びかけた。

「花村!」

その声の大きさに、近くを歩いていた他の生徒は驚いて振り返ったが、とぼとぼと言う音がリアルで聞こえてきそうな覇気のない足取りで歩いている陽介は、ヘッドフォンをしっかりと装着していて孝介の声に気づかない。仕方なくラストスパートとばかりに速度を上げて陽介に追いつくと、その耳からヘッドフォンを剥ぎ取った。

「ぅわ!! ナニ?! ってあれ、月森?」
「やっと追いついた……」

ほっとしたのと同時に今までほぼ全力疾走してきたのも手伝って、孝介は陽介の肩に凭れるようにして荒い呼吸を整える。それを陽介は困った顔をしながら眺めていた。

「待っててって言ったよな、おれ」

粗方呼吸が整うと、孝介はいの一番にその疑問を口にした。

そもそもどうして孝介が陽介を全力で追いかける羽目になったかと言うと、時間は今から十数分遡る。

放課後。孝介はとある女生徒から呼び出しを受けた。常識的に考えてその呼び出しが『告白』を意味しているのは明らかだったが、断るにしてもまさかクラスメイト達が大勢残っている教室の入り口で、というわけにも行かない。尤も如何に間違いなかろうと、まだ何も言われてないのに『お断り』するのも変な話だ。
だから、その場はとりあえず承知して、一緒に帰る約束をしている陽介に待っていてくれるよう言い置いて教室を出たのだが。

数分後、帰ってきてみればそこに陽介の姿は既になかった。

「そーだけど、いいじゃん別に俺とはいつでも帰れるんだし」
「そう言う問題じゃないと思うんだけど」

孝介が返してよこしたヘッドフォンを定位置である首元にかけると、陽介は孝介から逃げるように歩き始める。それを小走りに追いかけて横に並ぶと諦めた様に小さなため息をついた。その仕草がまた孝介の感情を逆撫でる。

「言いたい事があるならはっきり言え」
「ンなのねーって」

いつもは読みやすい陽介の表情が、すっかり消えてしまっていた。こう言う表情をするにはそれはそれで理由があるからわかりやすいと言えばわかりやすいが。

「ちょっと来い」
「あ? おい月森?」

両手をポケットに突っ込んだまま歩く陽介の腕を取ると、階段を使って河川敷へと降りた。土手とは違い人気の少ないここならば多少憚る話もできる。それでもなるべく人のいない方まで陽介を引っ張ってきてから、孝介はやっとその手を離した。

「何なんだよ、いったい」
「それはこっちの台詞。お前がそう言う顔してる時は大抵なんか一人で悩んでるときじゃないか」

まあ、あの女生徒が来る直前まで陽介の様子は全く変わりなかったわけだし、理由は押して知れる。

「それで、だいたいそれはどうでもいい事なんだよな」
「どーでもイイってンなのお前にわかるわけねぇだろ!」
「花村の事でおれにわからないことなんてない」
「へーへーそうですか。そりゃたいした自信ですねー。俺にはお前の考えてる事なんざサーッパリわからねえよ!」

別に喧嘩がしたいわけでもないのに、口にするのは相手を怒らせるような言葉ばかり。挑発的な物言いにお互い明らかに不機嫌な顔を見せ合う。そうしてしばらく無言で交わしていた視線を先に反らしたのは陽介だった。

「くそ、なんでも見透かしたような目で見んなよ! ほっとけよ!」
「ほっといたら花村、おれと別れるつもりだろ?」
「!」

二月の半ばを過ぎた頃から、隙あらば二人の関係を清算したいと陽介が考えている事に、孝介は気づいていた。
徐々に迫る別れの時が、陽介にはどうにも耐えられないらしい。と言うより、孝介が帰ってしまってからも『恋人』で居続けると言う選択肢がなぜか陽介の中にはないようだ。

「おれは嫌だからな。お前と別れたりなんて絶対しない」
「んなこと言ったって、お前は帰るじゃねぇか」

元々一年と言う期限付きで来た稲羽でこんな出会いがあるなんて孝介自身思ってはいなかった。戻った時向こうの授業に付いていける程度に勉強して、当たり障りのない人間関係を作るぐらいの心持ちで来たのは確かだ。けれどそんな思惑は見事に外れて、今目の前で自分を見ようとしない恋人は、他の何にも代えがたい存在となっていた。

「そうだな」

けれど、所詮まだ未成年の身だ。後数年は自分の意思でどうにもならない事が存在する。

「俺が帰るなって言っても帰るだろ?」
「ああ」
「だったら!」
「それでもおれは花村と別れたくない」

きっぱりと言い放った孝介に一瞬驚いて目を見開いた陽介は、泣き笑いの様な表情を浮かべた。

「何だよそれ、すっげーわがまま」
「しょうがないだろ、花村が好きなんだから」
「俺だってお前が好きだよ。好きで好きでどーしょもねぇくらい好きだ!」

叫んだのとほぼ同時に陽介が孝介に手を伸ばす。程なく力いっぱいの抱擁が孝介の身体を包んだ。陽介の肩が嗚咽に揺れるのが身体伝いに感じられる。

「なんか、花村の泣き顔久しぶりに見た」
「うっせ、見んな」

あの時も陽介の涙が止まるまでこうしていたな、とぼんやりと思う。

「俺決めた。ぜってーお前と同じ大学行ってやる!」

あの時よりかなり早く涙を収めた陽介が、孝介から身体を離すと握りこぶしを作って宣言した。

「お、やる気になったな?」
「おうよ、お前がいない一年の間に俺は変わる! そんでお前と同じ大学行って、一緒に住んで、会えなかった時間の分もイチャイチャしまくってやる!」

何が引き鉄になったのか、いきなり超が付くほど前向きになった陽介に、おかしいやら驚くやら。それでも何とか自分の気持ちを陽介に伝える事もできたし、後ろ向き過ぎる陽介の気持ちも払拭できたので良しとするか、と孝介は微笑んだ。

「よーし、じゃあ頑張れ!」
「おう! で? お前の志望校ってどこよ」

目標がどの高みにあるのか考えもせずの宣言だったのかと、孝介は僅かに力が抜ける。そんな孝介に気づかず返事をわくわくとした顔で待つ陽介に危機感は無さそうに見えて。ならばとそれに火をつける意味も含めて孝介は意地悪な返答をした。

「あー…………、東大?」
「うっそ、マジで!?」

孝介の成績ならそれもまた信じられてしまって、陽介が素っ頓狂な声を出す。もしかして冗談かもと顔色を伺ってくる陽介に、知らん顔して孝介が踵を返すと。

「無理だーっ!!!」

河川敷の隅から隅まで響くような声で陽介が絶望の雄たけびを上げた。

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