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 【企画 花主】雨に濡れる

変り種 選択課題・ラブラブな二人へ * お題配布元 >> リライト様

花主仲間でお友達でもあるまやさんとの共同企画です。
彼女がこれからUPしたので私もそれに添って『雨に濡れる』からUPです。

非常に長くなりました……終わらないんじゃないかと思ったorz

少しでもラブく見えたら良いのですが。
頑張ったんです! これでも!
すみません、うちのコほんと素直じゃないので……。




*****

その日、孝介は今日こそ大物を釣り上げようと鮫川の河原に来ていた。おりしも夕方から降り始めた雨で水かさは増していて、絶好の釣り日和だ。

(でもさすがに合羽は邪魔なんだよな)

かと言って傘をさして釣りをするわけにも行かず――まあ、引きを待っているうちはそれも有りと言えば有りだが――結果びしょ濡れになるのは必至。仕方なく濡れることには甘んじて受け入れる事にする。けれどそのままいるのはさすがに辛い。なので、ここの所の釣りセットの中には暖かい飲み物をいれた保温水筒が加わっていた。後は大き目のスポーツタオルを数枚――一枚は大判のバスタオル――と簡単な着替え。これだけあれば何とか凌げる。

準備万端整えて、釣り糸を垂れると小さな波紋が流れ行く川面に広がった。今回のターゲットは紅金や稲羽マスのような雑魚ではないだけに、高まる緊張感を抑え切れない。それでも何とか大きく深呼吸をしてそれをやり過ごし辛抱強く大きな引きを待った。

(キた!)

そうやってしばらく駆け引きを楽しんでいると、ガツンガツンと腕ごと持っていかれそうな力強い引きが訪れる。これこそ間違いなく孝介が待っていた『ヌシ様』に他ならないだろう。これでやっと絵馬の願いが叶えられる。そう思いつつ格闘する事数十秒。

「あ!」

プチンと言う嫌な音と共に竿が軽くなった。

「やられた……」

すぐそこまで引き寄せた影は、まるでこちらを馬鹿にでもするかのように悠々とその巨体をくねらせて川底へと姿を消した。

「くっそ、今日こそはと思ったのに」

がっくりと頭を垂れると、いつの間にかぐっしょりになった髪から雫がぼたぼたと落ちる。やばい、いくらなんでもこれは濡れすぎだ。そろそろ時間的にも引き時かもしれない。
そう思って頭を軽く振りながら顔を上げると、土手をぼんやり歩いている見知った人影を見つけた。

「花村?」

孝介と同じく傘もささずに雨の中をびしょ濡れで歩いてくるのは紛れもなく陽介だ。何だってこんな時間にこんな所にいるのかもわからないが、この雨の中傘をさしていないことの方が気にかかる。
孝介は慌ててつり道具を片付けると、土手へと続く階段を駆け登った。
バシャバシャとアスファルトの上を駆けると程なく陽介の傍へと辿り着く。しかしかなりな足音にもかかわらず、陽介は孝介に気づく気配すらなかった。

「おい、花村!」

不安に思い、大きめの声で呼びながらその両肩を揺すると、ぼんやりとした目が孝介を見上げてくる。

「あ、月森」
「月森、じゃない。何やってるんだ傘もささずに」
「傘? ああ、雨降ってたんだ」
「……こっちに来い!」

いったいどんな状態で自分がいるかもわからない陽介に、孝介は大きくため息をつく。と、同時に込み上げる怒りにも似たものを必死に押し留めて、冷え切った陽介の腕を掴み、引きずるようにして東屋へと駆け込んだ。
陽介を椅子に座らせると、肩から提げていたカバンの中からスポーツタオルを取り出し、濡れそぼった陽介に頭から被せる。

「とりあえず拭け。風邪をひく」
「サンキュ」

拙いがならがも陽介がタオルを動かし始めたのを見て取ってから、自分も別のタオルで雨を拭った。それがあっという間にぐっしょりになるのを感じ、いかに雨が強かったかを実感する。見れば陽介の髪を拭っているタオルも同じ末路を辿っていて。釣りに熱中してた自分はともかく、陽介がまったく雨に気づいてなかったことが孝介は恐ろしくなった。けれど、今ここでそれを言ってもしょうがない。とりあえずは陽介を暖めることが先決と、粗方雫を拭いきったところで保温水筒を取り出し、中身を注いだカップを陽介に差し出した。

「ほら、これ飲んで」
「何これ」
「ホットレモン」

寒い中長居するのでお茶はどうかと思い、レモン果汁をお湯で割って蜂蜜を入れたホットレモンを作ってきたのだ。湯気と一緒に立ち昇る香りに僅かながら陽介の肩から力が抜けたように見えた。
何度かに分けてカップの中身を飲み干そうとしている陽介に安堵し、孝介はまだびしょ濡れだったシャツを脱ぐとぎゅっと絞る。バタバタと音がして水分が下へと落ちていく。それが全てでなくなるまで念入りに絞るとカバンの中から取り出したビニール袋に放り込んだ。そして同じくカバンの中からTシャツを一枚出して着替えると更にもう一枚シャツを取り出す。

「花村、上脱いでこれ着ろ」

シャツ一枚じゃ寒いかもしれないと念のためアンダー用のTシャツを持ってきて良かったと孝介は思う。尤ももし無かったら無かったで自分はそのままに陽介を着替えさせたに違いないが。
孝介自身も着替えていたせいか、陽介は遠慮をすることなく、言われたままにシャツを脱いで渡されたそれに袖を通した。

「シャツが温い」
「お前の身体が冷えてるんだ」

陽介が脱いだシャツは先ほどの自分のそれと同じように、ぎゅっと絞って同じビニールに突っ込むと口を軽く閉じてカバンに入れた。実のところ下もかなり良い感じに濡れそぼっているのだが、さすがにここで着替えるわけにもいかないし、そもそも持ってきてはいないので、ここから先は家に帰ってからだ。
陽介が飲み干したカップと保温水筒をしまい、代わりに大判のバスタオルを取り出すとカバンの口を閉じる。そしてさしてきた傘を開くとカバンを肩にかけ、バスタオルを自分の肩に羽織った。

「帰るぞ」

傘を持っていない方の手でまだ座ったままの陽介の腕を取る。引き寄せて肩を抱くようにするとバスタオルの中に包み込んだ。

「ちょ、なに」
「いいから。おれんち行くぞ」

乾いたシャツ越しに触れるお互い肌がまだ冷たい。それでも羽織ったバスタオルの起毛が徐々に暖めてくれるように感じた。


*


肩を寄せ合うようにして歩くことしばらく。堂島家に辿り着いた。居間に明かりがついているところを見ると家主である堂島はまだ起きているようだ。それでも菜々子はもう寝ている時間なだけに、孝介はそうっと玄関の引き戸を開けた。

「お兄ちゃん……おかえりなさい。あれ? よーすけお兄ちゃんだ!」
「菜々子、まだ起きてたのか?」

けれど出迎えたのは眠そうに目を擦った菜々子で、孝介は驚いて目を見開いた。今日は堂島が早く帰ってきたので安心して釣りに出かけたのに、既に10時を過ぎている。いい加減寝ないと明日も学校だ。

「うん、ねえ、よーすけお兄ちゃんとまってくの?」

わくわくとした顔で尋ねられ、苦笑する。普段だったらちょっとした菜々子の夜更かしにつきあって遊んでやるのも楽しいのだが、今日はそうは行かない。可哀想だが少し厳しく言わないとと孝介が口を開く。

「ダメじゃないか早く寝ないと。夜更かしして明日の朝起きられなくてもお兄ちゃん起こしてやらないぞ?」
「ごめんなさい。お父さんとおはなししてたから。もうねる」

事実その通りなのだろう。出迎えたといっても、玄関から続く廊下の上に菜々子がいただけで、その先は菜々子の寝る部屋だ。ちょうど部屋に向かう所へ孝介たちが帰って来たに過ぎない。

「菜々子、何騒いでるんだ。寝るんじゃなかったのか」

廊下の真ん中で菜々子が動きを止めたのを不審に思った堂島が居間から出てきた。そして、玄関にいる孝介たちに気づく。

「おう、帰ったのか、お帰り。ってなんだ二人してずぶ濡れで」
「ただいま」
「お邪魔します」

ここにきてやっと陽介が自分から口をきいた事に孝介はほっとした。菜々子が起きていたせいでにぎやかな出迎えになったのが功を奏したのかもしれない。そう言う意味ではそっと帰ろうとした思惑が外れてしまったのも喜ばしいことだ。
けれどいつまでも玄関先でこうしていたら本当に風邪をひいてしまう。早々に始末をつけなければと思っていた矢先、堂島が水をむけた。

「濡れた服はそこで脱いでそのまま風呂入っちまえ」

確かに上半身はともかく下半身はずぶ濡れのままだから、このまま上がりこんだら廊下が水浸しになるのは否めない。仕方なくカバンを下ろすと孝介はベルトに手をかけた。陽介も緩慢な動きながらもそれに倣う。

「菜々子はもう寝なさい」
「うん。おやすみなさい、お兄ちゃん、よーすけお兄ちゃん」
「おやすみ」

いくらまだ小さいからといって、男の着替えを見せるのも憚られたのだろう。孝介たちが脱ぐより早く、堂島が菜々子を寝室へ促した。にっこりと挨拶をした菜々子が堂島を伴って姿を消したのを見計らって、孝介は濡れた衣服を剥ぎ取った。気づけば靴までぐっしょりだ。それらを陽介のもの共々さっきのビニール袋にまとめて突っ込むと陽介を風呂場へ促した。

「お前先に入れ」
「え、でも……」
「いいから。おれは着替え持ってくる。しっかり身体温めろよ」

そう言い置いていったん風呂場を出ると、自室へと続く階段を駆け上がる。手早く着替えを持って風呂場に取って返そうと階段を降りると、不意に襖が開いて堂島が顔を出した。

「おい、孝介。あいつ、泊まってくんだろ?」
「え、あ、うん」
「じゃ、これ持ってけ」

堂島が顎でしゃくったところに目を向けると、客用布団が一式。わざわざ出してくれたらしい。

「ありがとう、叔父さん」
「別に構わん」

孝介は礼を言ってそれらを廊下へ引きずり出した。それを手伝うでもなく見ていた堂島は、最後に意味ありげに孝介の肩を叩いて襖を閉じた。たぶん、陽介の様子がおかしいのがわかったのだろう。尤も堂島のような刑事でなくとも今の陽介が普段と違うことは簡単に知れる。おそらく菜々子ですら。さっきは少しの間だったし眠かったせいもあって気づかなかっただろうが。

手にしていた着替えを脱衣所に置いて戻ると、孝介は布団を自室に運び入れた。そして作業机をたたみソファを壁に押し付けると、自分の布団とそれを並べて敷く。準備万端整えて自分も風呂に入ろうと部屋を出ようとした時、自室の扉が開いた。

「風呂、サンキューな」
「ああ、ちゃんと温まってきたみたいだな」

髪の毛こそまだ濡れているが、身体は赤みを帯びていて、陽介が言われた通りきちんと温まってきたのが見て取れた。

「これ、ドライヤー。髪もきちんと乾かせ」

さすがにこの時間に脱衣所でドライヤーをかけるのはうるさいので、部屋に持ってきたドライヤーを陽介に手渡す。その様子がちょっと心配でもあったが、孝介自身もかなり冷えてしまっているし、何よりさっきから下着とTシャツで歩き回っている。いい加減温まらないと孝介こそ風邪をひいてしまいそうだ。仕方なく後ろ髪を引かれながらも、孝介は携帯を片手に風呂場へと降りて行った。


*


風呂に入ったついでに――あの状態の陽介がするとも思わなかったので――陽介の自宅に電話を入れ、孝介が自室に戻ってくると、案の定手渡されたドライヤーをそのままに陽介がぼうっと布団の上に座りこんでいた。当然その髪はまだ濡れたままだ。

「何だ、髪乾かしてないじゃないか」
「あ、うん」

孝介に声を掛けられて我に返った陽介が、慌ててドライヤーをコンセントに差し込む。その手からドライヤーを奪うと、自分は壁に追いやったソファに腰をおろした。陽介の腕を引くと誘われるまま身体を寄せてくる。それを見計らって孝介はスイッチを入れ、足の間に背を向けて座った陽介の髪に温風をあてた。ふわふわと茶色がかった髪が揺れる。タオルを持った手で髪を揉むようにして乾かすと、あっという間に水分が飛んでシャンプーの香りが際立った。

「なあ」

続けて自分の髪も乾かした孝介がドライヤーのスイッチを切ったのを合図に、陽介が頭を孝介の膝に預けて上を向いた。

「何」
「何も聞かねぇの?」

一番最初に『何やってるんだ』と言ったきり何も聞かない孝介を不思議に思っていたのだろう。風呂に入って身体も温まり気持ちも幾分落ち着いてきたのも手伝って、陽介は話す気になったようだ。

「聞いて欲しいんなら聞くけど、言いたくないなら言わなくてもいい」

投げやりな様でいて気遣っているのが伝わったのか、陽介は孝介の方に向き治り、その腰に凭れるようにして抱きついた。腹の辺りにきた髪をドライヤーを手放した孝介の手がゆっくりと撫でる。

「今日バイト行ったじゃん。したらまた先輩達が寄ってきてさ」

いつだったかのフードコートを思い出す。歯に衣着せぬ言い振りはいっそすがすがしいほどに、文句を連ねていた女生徒たちの顔が浮かぶ。

「またなんか言われたのか?」
「んー……まあ、そんなとこ。くだんねぇっちゃくだんねぇ事ばっかなんだけどな。なんかこう、色々考えちまって。気づいたら」
「濡れ鼠で土手を歩いてたと」
「ん」

一つ一つは些細な事なのかもしれないが、それらは着実に小さなとげとなって陽介の中に刺さっている。本人も吹っ切ったつもりだろうが、人間いきなりは変われない。

「そっか」

全て自分の受け止め方の問題で、周りにどうにかして貰う類の事じゃない。それは陽介自身充分わかっている。それでも鬱積した痛みが時にこうして噴出するのもまた仕方のない事。本当はそんな時自分を頼ってくれれば良いのにと孝介は思うが、全てを曝け出しても尚、陽介には陽介の矜持があるのだろう。もしくは、恋人に弱っているところを見せたくないだけかもしれない。が、結局はこうして孝介に全て見せてしまっているのだし、そんな弱い所も含めて陽介のことを好きでいる自分を少しは認めて欲しいと思う。
言葉で言ってもなかなか伝わらないそんな雑多な気持ちをこめて、恋人の髪を梳く。それをうっとりと陽介は受け止めた。

「なんか、すげー良い匂いする」

そうこうしているうちに鼻頭を孝介の胸元に擦り付けて陽介がくんくんと鼻を鳴らす。どうやら気持ちの折り合いは付いたようだ。ここまでくると浮上も早い。程なくいつもの調子を取り戻すだろう。

「風呂入ったばかりだからな。お前だって同じ匂いがするぞ」
「うっわ、それちょっとキた」

訂正。既に取り戻していたようだ。言うが早いか、陽介は孝介の膝の上に乗り上げると、肩口に顔をうずめる。

「ちょ、花村」
「うはーマジ良い匂い。食っちまいてぇ」
「離れろって、おい」

予期もせずソファに押し付けられる体勢になった孝介がさっきまで撫でてた髪を引っつかんだ。

「痛、イテーって! 禿げる!! 禿げちゃう!!」
「だったら降りろ! 花村ハウス!!」

僅かに開いた身体の隙間に足をねじ込んで陽介を布団にけり倒した。

「ひどっ、俺犬ですか」

それほど強い力で蹴ったわけでもないのに盛大に吹っ飛ばされた振りをして、陽介は横座りでしなを作る。さっきまでべそをかいてたのはどこのどいつだと孝介は呆れて大きくため息をついた。それを許容と受け止めて、再び陽介が擦り寄ってくる。

「犬の方が一回でわかる分全然マシ、だ!」

更にそれを蹴倒して自分の布団に逃げるようにもぐりこんだ。しかし、陽介もそれに続く。

「自分の布団に行け」
「やだ、一緒に寝ようぜ」
「いーやーだ」
「イイじゃん、なんもしねーって」

そう言った声のトーンがちょっと低くて。

「花村?」
「あったけー」

後から孝介を抱きしめて、身体を沿わせてくる恋人の鼓動を背中に感じる。

「サンキューな、なんか俺カッコ悪ぃや」

そんなことないぞ、という気持ちを込めて、孝介は首を回すと陽介の口にキスをした。






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