【企画 花主】病気の看病・2(END)
変り種 選択課題・ラブラブな二人へ * お題配布元 >> リライト様
花主仲間でお友達でもあるまやさんとの共同企画です。
「病気の看病・1」の続きとなりまして、これでENDマークとなってます。
しかし、3つぐらいに分けた方が良かったかもと思わなくも無い。既に1の1.5倍ぐらい長いです。途中の場面転換ごとにするなら4つぐらいに分けられるけれど……どういうもんなんですかね?
それはともかく。
頑張った甲斐があって、かなり甘くなったと自負してますがどうでしょうか? 当社比2000%ぐらいの勢いだと思ってるんですが!
良ければ感想お願いします!
<< 病気の看病・1
*****
薬のおかげでぐっすりと眠ることができたらしく、すっきりと目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。寝ている間も孝介が部屋まで上がってきてなんやかんやと世話をやいてくれていたのは、ぼんやりと覚えている。ただ、いつの間にかまた着替えさせられていたパジャマを見ると、その時の醜態を想像するのも恐ろしいが……そこはもう仕方ないと諦めた。
(なんかマジ色々迷惑かけちまったよな)
甲斐甲斐しく看病をしてくれるのが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。この借りはどこかできっちり返しておかないと陽介としても居心地が悪い。とはいってもそう簡単に借りを返す機会があるとも思えず、ついつい『月森も風邪でもひいてくれればな』等という考えに至り、慌てて首を振った。
「にしても、喉渇いたな……」
何度か孝介が水を飲ませてくれたが、その分汗もかいたので喉の奥がヌメッといやな感じがする。なので水を飲むだけじゃなくうがいもしたい。まだ幾分身体が重く感じるものの、それでも朝から見れば雲泥の差だ。これなら布団から出る事もさして問題ないだろう。僅かながらお腹も減った事もあり、陽介は下に降りることにして身体を起こした。熱のせいでまだふらつきはするが、それでもさして苦労なく階下へとたどり着く。
「花村?」
その音に気づいた孝介がソファから立ち上がって側に寄ってきた。心配そうな顔が今朝よりはっきり見え、それだけでも自分の身体が通常に近づいている事を陽介は実感する。普段見慣れない孝介の表情にぐらぐらする思考は風邪のせいばかりではないから、この際横に置いておく。
「起きてきて大丈夫なのか?」
「ああ、おかげでだいぶいい」
「そうか」
陽介の様子からもそれが口先だけの事でないのがわかったのだろう、孝介がほっと息を吐き出した。
「でも、一応熱測ってみろ」
言われて、自分の手を額にあてると乾いて硬くなった冷却シートに触れる。既に役に立たなくなったそれを外して、改めて手を置いてみるもよくわからない。という事は、朝よりは下がっているのだろうが、そんな適当は孝介には通用しなかった。
「ちゃんと測れって」
仕方なく手渡された体温計を今朝と同じく口に含む。今度こそもしかして関節キスかなーとか思っているのが表情からバレバレだったのか『洗ったって何度言わせる』と小突かれてしまい、陽介は苦笑した。
「三十七度八分。まだあるな」
「でも、だいぶ楽だぜ? 腹も減ってきたし」
時間を意識してなかったのだろう、陽介の台詞で時計を見ると当然お昼は過ぎていて。孝介は慌てて流しに近寄った。
「悪い、すぐお粥温めなおすから」
「サンキュ、でもその前にちょっと顔洗ってくるわ。うがいもしたいし」
台所で土鍋を手に取った孝介にそう言い置いて、陽介は洗面所に向かった。蛇口を捻って水を出すと、少し気温が下がった気がする。それにめげずにうがいをして水を飲むと、冷たいものが流れ込んだせいなのかぶるりと身体が震えた。朝ほどいやな寒気ではないが、さすがにこのまま冷水で顔を洗うのはいかがなものかと陽介が立ち尽くしていると、背後で前触れもなく扉が開いた。
「花村、どうせならもう一回着替え……」
「うおぅ! 脅かすなよ……」
「何やってんだ?」
新しい着替えを持って現れた孝介は、何をするでもなく立ち尽くす陽介に首をかしげる。
「あー……顔洗おうかと思ったんだけど、ちと冷たくて」
「そう言うことか、ちょっと待ってろ」
言うが早いか、孝介が台所へとって返した。程なくチンと言う軽い音がして、再び洗面所に戻ってくる。
「ほら、これなら冷たくないし、すっきりするぞ」
「おお! サンキュ!」
手渡された暖かい濡れタオルに感動して陽介が唸る。熱いくらいのそれを何とか広げると、顔全体を覆うようにして汗をふき取った。
「うおー、すげーすっきり気持ちいいー! お前マジ良い嫁になるよな」
「貰ってくれるんだっけ?」
「え、何を?」
「おれを。お嫁に」
他愛なく口にした言葉に朝のやり取りを思い出したのだろう。孝介が心臓に悪い事を言い出した。
「おま、そりゃ言ったけどよ……、なんつーか冗談っつか、勢いっつかで」
「本心じゃないのか?」
やけにその話題に食いつく孝介に、陽介は違和感を覚える。
「や、そうじゃねぇけど……お前、どうしたんだよ?」
「別に、どうもしない」
普段ならこんなこと絶対に言わない。もしかして『嫁に貰う』などと女扱いしたのが気に入らないのだろうか。それならそうで、孝介の性格からしてはっきり言いそうなものだが。そもそもあれは孝介が言い出したことだしと、どうにも掴めず陽介は困惑する。
「そんなことより、タオルが冷めちゃう前にさっさと着替えろ。背中拭いてやろうか?」
「あ、ああ、頼むわ」
訳のわからないまま無理矢理会話を切り替えられて、どうしたものかと思うが、孝介自身がどうもしないと言っているのだし、自分も本調子ではない。今ここでこのやり取りをつづけても不毛なだけな気もして、言われるまま陽介は着替える方に専念した。
*
なんとも言えない雰囲気の中昼食を摂り、薬を飲んで再び二階に戻って眠ること数時間。目を覚ますと窓から差し込む日差しがだいぶ傾いていた。もうすっかり夕方だ。
一日しっかり寝たおかげで昼よりも更に身体が軽い。額に触れてみると今度こそ間違いなく熱は下がっていた。今なら孝介に体温計を差し出されてもばっちり平熱を表示する自信がある。心配かけどうしだったし一刻も早く元気な顔を見せてやろうと陽介が意気揚々階段を降りると同時に、ガラガラと玄関の開く音がした。
「あ、よーすけお兄ちゃん!」
「菜々子ちゃんお帰り」
靴を脱ぐのもそこそこに菜々子が駆け寄ってくる。見上げなくても良いように陽介が屈むとその額に手を当ててきた。小さい手は外から帰ったせいか幾分冷たく感じたが、すぐに陽介の額と同じ温度になり、菜々子は嬉しそうににっこりと笑った。
「もうねつないね」
「薬飲んでしっかり寝たからもう大丈夫。心配してくれてサンキューな」
「えへへー」
つられてにっこり笑った陽介にお礼を言われて、菜々子は笑みを深くした。
そのまま二人手を繋いで居間に入ると、珍しく孝介がソファで居眠りをしていた。テレビも点いたままになっている。
「お兄ちゃん、ねてる」
「あー……俺の面倒見疲れちゃったかもなー。すっかり世話になりまくりだったし」
ろくに動けない相手の面倒を見るのはかなり体力を消耗するだろう。ましてや意識も朦朧としていた陽介を着替えさせたりしていたのだから、その労力ははかりしれない。まだ夕飯の時間には早いしこのまま寝かせて置いてやるのも良いだろうと、孝介の膝に落ちていたタオルケットを肩まで掛ける。
「ああ! せんたくもの!」
ランドセルをおろした菜々子が外を見て声を上げた。目を向けると菜々子の言う通り、そこには乾いた洗濯物が出したままになっている。このまま放って置いたら夜露で湿気てしまうだろう。慌てて外に飛び出した菜々子を手伝ってそれらを取り込むと、掃きだし窓を閉める。カーテンも閉めて暗くなり始めた室内に電気を点けた。
「お兄ちゃん、おきないね」
テレビを観ながらのんびりと洗濯物たたむ。その音も決して静かではないし、そもそも菜々子が帰ってからこっちこれだけ騒いでいるにもかかわらず、ピクリとも動かない。いくら疲れているからといってもこれはおかしい。心配になって伸ばした手が孝介に触れた瞬間、その熱さに驚き陽介は手を引っ込めた。
「マジかよ?!」
凄い熱だ。おそらく自分の朝と同じか、もしくはそれ以上に。そこではじめて陽介は今日一日孝介が家にいた事に不審を覚える。自分はともかく、孝介は学校を休む理由がないはずだ。いくら陽介の熱が高くて心配だったとしても、それを理由に休んだりするだろうか。まあ、それもまた全くないとは言えないことだが。
「菜々子ちゃん、今日お兄ちゃん学校休むって言ってた?」
「え、お兄ちゃん学校休んだの?」
驚いているところを見ると、菜々子は知らないようだ。けれどもしかしたら孝介も朝から具合が悪くて学校を休んだのかもしれない。本より陽介と同じぐらい雨に濡れていたのだし、用意してきた着替えだって半分自分が奪ってしまったようなものだ。そんな状態で風邪をひくなと言う方が難しい。
「ばっかやろう」
「よーすけお兄ちゃん?」
泣きそうな顔で孝介を見つめる陽介のパジャマの端を菜々子が引っ張る。その力で陽介は我にかえった。
「ごめん菜々子ちゃん。俺、お兄ちゃんに風邪感染しちまったみてぇ」
「そうなの? お兄ちゃんかぜ?」
心配そうに陽介の影から孝介を見つめる菜々子の頭をそっと撫でる。
「大丈夫、ちゃんと薬飲んで寝てれば治るよ。俺も治っただろう?」
「うん……」
なるべく菜々子が安心するように笑顔を作ったつもりだが、それもさして成功しているとは言えない。そもそも自分が平常心でいられてないのにそんなことができるほど陽介はできた人間ではない。
とにかく、今自分でも言ったように薬を飲ませて寝せるが一番と、孝介を揺すった。が、反応は鈍い。これは本気で朝の自分より体調が悪いのかもしれないと、手が震える。それなら余計にこんなところで寝せておくわけにも行かず、意地でも担いで二階に上るしかないと孝介の手を引いた。
「おう、今帰ったぞー」
孝介を背負おうと四苦八苦していると、扉の音と堂島の声が聞こえ、菜々子が小走りに玄関に向かう。
「お父さん、お兄ちゃんが!」
「何だ、どうした?」
泣きそうな声の菜々子に驚いたのか、堂島がいつになくバタバタと廊下を走ってくる。
「堂島さん……」
「何やってんだお前ら。寝てなきゃ治るもんも治らねぇぞ」
「お前『ら』ってことは……やっぱり」
やっとの事で肩で孝介を支えている陽介を見て、開口一番堂島が言った言葉にやはりと陽介は思いあたった。間違いない、孝介は朝から熱があったのだ。だから陽介共々学校を休んで家にいた。本来なら孝介だって一緒に寝ていなくてはいけなかったはずだ。
「ったく、あれほどちゃんと寝てろって言ったのに、なんでこいつはこんなカッコでフラフラしてんだ」
それだというのに朝から甲斐甲斐しく自分の世話を焼いてくれて。昼過ぎに居間で見かけたときも今思えば具合が悪くてソファに座りこんでいたのだろう。そう思うと、あの普段らしからぬ孝介とのやり取りも納得できる。
「すんません、俺のせいです」
「あ? お前のせいってなんだそりゃ。てか、お前も寝てなきゃ駄目だろう」
堂島は手にしていたビニール袋をテーブルに置くと、づかづかと二人に近づいてきて、謝る陽介の頭を小突く。
「あ、いや俺はもう大丈夫で……」
「いいから、ほら寄越せ」
言うが早いか、陽介の肩から孝介を奪うとそのまま抱き上げる。
「菜々子、先に上いって布団きちんと敷いてこい。二人分な」
「うん、わかった」
先に行った菜々子を追うようにして、堂島が階段へと足を向けた。いとも簡単に孝介を運ぶ堂島に、陽介は悔しくて涙が出てくる。いくら風邪で体力が奪われているとはいえ、同じ男として情けない。
「おら、何やってんだ。お前も早くこい。風邪は治りかけが肝心なんだ。油断してるとまた熱が上がるぞ」
グジグジと気持ちが下降して行く陽介を、階段に足を掛けた辺りでこちらを振り返り堂島が呼んだ。その声がちょうど耳元で響いたのだろう、ぐったりしていた孝介が目を開いた。
「月森!」
「あ、叔父さん、お帰り……」
「お帰り、じゃねぇよ。ったく、ちったー言うこときけってんだ」
「ごめんなさい。花村もごめん」
「違うだろ、謝るのは俺の方だろ!」
「あーもーうるせぇ、お前らがするのはまず寝ることだ! ほら、行くぞ!」
耳元でぐちゃぐちゃと話しはじめた二人の会話を遮り、堂島が階段を上り始める。仕方なく口を噤んで陽介も後に続く。三人が部屋にたどり着く頃には、先に行った菜々子が布団を二組綺麗に並べて敷ききっていた。その上にゆっくりと孝介をおろす。
「菜々子、着替えわかるか?」
「うん、さっきとりこんだせんたくものもってくる」
そう言われて見れば、先程たたんだ洗濯物の中に自分が借りたパジャマが混じっていたのを思い出す。
「あ、それなら俺が」
「お前は寝ろって言ってるだろ」
「でも、俺本当にもう」
口答えする陽介を堂島がきつい眼差しで睨み付ける。その威力に思わず陽介はぐっと口を閉じた。
「いいよ、菜々子もってくるから」
元気よく階段を駆け下りて行く菜々子の背中を所在無げに見つめるしかなく、陽介はがっくりと肩を落とした。孝介の具合が酷くなったのは間違いなく自分のせいなのに、何にもできないなんて情けなさ過ぎる。そうこうしているうちに堂島は菜々子が持って戻ったパジャマに孝介を着替えさせると、布団に押し込んだ。
「今、飯持ってくるから、お前も布団に入れよ」
そう言い置いて堂島は菜々子を連れ立って部屋を出ていく。残されたのは荒い呼吸をする孝介と、ひたすら役立たずな自分。
「ホント、ごめん月森。俺……俺……」
横になる孝介の側で涙を流すしかない自分が本当に情けない。あの時、『月森が風邪をひいてくれたら』と思ったことすら思い出し、自分の愚かさに腹が立つ。
「花村、こっちこいよ」
正座した膝の上で拳を握って泣く陽介を、孝介が布団の端を持ち上げて誘った。そこに入れと言うことなのだろう。
「でも」
「いいから、寒いんだって。暖めて」
言われて慌てて身体を滑り込ませる。それだけじゃなく、自分用に敷かれた布団からも掛け布団を引っ張り、孝介の身体ごと包み込んだ。
触れる身体が熱い。もしかしたら、朝孝介の息を熱く感じたのも強ち自分の欲望のせいでは無かったのかもしれないと思い当たると、いったい自分は何を見ていたんだと殴りたくなった。けれど今更そんな事を悔やんでも始まらない。今は少しでも孝介が寒く無いように、けれど苦しく無いように、暖めてやることに専念する。
「花村……」
「どうしたまだ寒いか?」
「大丈夫。花村暖かいし」
「そか」
力なく笑う顔にどきりとするが、そんなこと感じてる場合じゃない。慌てて顔をそらすと、熱い額が胸元に擦りついてきた。パジャマ越しでもわかるその熱に陽介の心はざわつく。
「いつから具合悪かったんだ?」
「うーん……朝から、かな。でも熱は花村よりずっと低かったかし、あのくらいなら向こうにいた時だって普通にしてたし」
「あのくらいって、何度だったんだよ」
低かったと言っても、朝測った時三十八度五分だった自分と比べてな辺り、ちょっと怖くなる。
「うーん……三十八度ちょうど?」
案の定孝介の口をついて出たのは充分病人として寝込むのに値する体温で。それが普通だったと言うのがまた恐ろしい。
「ば! お前な……親とかなにも言わなかったのかよ」
「別に、言わなかったし。今回は叔父さんにばれちゃって休まされたけど、花村寝込んでるしちょうどいいかと思って」
そう言えば、孝介の親は共働きで、殆ど家にいなかったと聞いたことがある。忙しく働く両親に自分の不調を伝えるなど孝介がしたとも思えず、実際今本人の口から言わなかったと聞かされて、陽介はため息をついた。
「だからって、辛くないわけじゃないだろ」
「そうだけど、我慢できる範囲だったし」
「じゃあ、なんで俺の世話はあんなに一生懸命してくれたんだよ。そうした方が楽になるって知ってるからだろ? 同じことをして欲しかったんじゃないのかよ」
「それは……」
言われてはじめて気づいたのか、孝介が押し黙った。
「ったく、しょうがねぇな」
「花村に言われたくない」
「だったら言われないように、しっかり寝て治してください。ほら肩出てるぞ」
身じろいだ時にずり落ちたのか、布団から出た孝介の肩を抱えるようにして抱き込む。少しでも暖かくなるように、今まで孝介が我慢した分も包み込むように。
「花村」
「ん?」
「治ったら改めてしろよな、プロポーズ」
「な!? お前……」
今日一日の集大成と言わんばかりな孝介の要求に呆れつつも笑みがこぼれる。
「で、どうなんだよ」
熱のせいか、ちょっと拗ねたように見える孝介が可愛くて、陽介はその身体を抱きしめた。
「あーもー、プロポーズでも何でもしてやるから、さっさと寝ろ。また堂島さんに怒られちまうだろ」
「そうだな」
くすりと笑い合うと再びしっかりと布団を掛け、寄り添うようにして二人、目を瞑った。
*
「どうだ?」
しばらくして階段を上がってきた二人は部屋の扉を細く開け、すっかり日の落ちて暗くなった室内を伺う。
「ねちゃってる」
「おーおーくっついて仲良いこった。しゃーねー、少し寝かせてから飯食わせて薬飲ませるか。菜々子降りて先に飯食うぞ」
「はーい。おやすみ、お兄ちゃんたち」
そう呼びかけると菜々子はそっと部屋の扉を閉めた。
花主仲間でお友達でもあるまやさんとの共同企画です。
「病気の看病・1」の続きとなりまして、これでENDマークとなってます。
しかし、3つぐらいに分けた方が良かったかもと思わなくも無い。既に1の1.5倍ぐらい長いです。途中の場面転換ごとにするなら4つぐらいに分けられるけれど……どういうもんなんですかね?
それはともかく。
頑張った甲斐があって、かなり甘くなったと自負してますがどうでしょうか? 当社比2000%ぐらいの勢いだと思ってるんですが!
良ければ感想お願いします!
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*****
薬のおかげでぐっすりと眠ることができたらしく、すっきりと目を覚ましたのはお昼を過ぎた頃だった。寝ている間も孝介が部屋まで上がってきてなんやかんやと世話をやいてくれていたのは、ぼんやりと覚えている。ただ、いつの間にかまた着替えさせられていたパジャマを見ると、その時の醜態を想像するのも恐ろしいが……そこはもう仕方ないと諦めた。
(なんかマジ色々迷惑かけちまったよな)
甲斐甲斐しく看病をしてくれるのが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。この借りはどこかできっちり返しておかないと陽介としても居心地が悪い。とはいってもそう簡単に借りを返す機会があるとも思えず、ついつい『月森も風邪でもひいてくれればな』等という考えに至り、慌てて首を振った。
「にしても、喉渇いたな……」
何度か孝介が水を飲ませてくれたが、その分汗もかいたので喉の奥がヌメッといやな感じがする。なので水を飲むだけじゃなくうがいもしたい。まだ幾分身体が重く感じるものの、それでも朝から見れば雲泥の差だ。これなら布団から出る事もさして問題ないだろう。僅かながらお腹も減った事もあり、陽介は下に降りることにして身体を起こした。熱のせいでまだふらつきはするが、それでもさして苦労なく階下へとたどり着く。
「花村?」
その音に気づいた孝介がソファから立ち上がって側に寄ってきた。心配そうな顔が今朝よりはっきり見え、それだけでも自分の身体が通常に近づいている事を陽介は実感する。普段見慣れない孝介の表情にぐらぐらする思考は風邪のせいばかりではないから、この際横に置いておく。
「起きてきて大丈夫なのか?」
「ああ、おかげでだいぶいい」
「そうか」
陽介の様子からもそれが口先だけの事でないのがわかったのだろう、孝介がほっと息を吐き出した。
「でも、一応熱測ってみろ」
言われて、自分の手を額にあてると乾いて硬くなった冷却シートに触れる。既に役に立たなくなったそれを外して、改めて手を置いてみるもよくわからない。という事は、朝よりは下がっているのだろうが、そんな適当は孝介には通用しなかった。
「ちゃんと測れって」
仕方なく手渡された体温計を今朝と同じく口に含む。今度こそもしかして関節キスかなーとか思っているのが表情からバレバレだったのか『洗ったって何度言わせる』と小突かれてしまい、陽介は苦笑した。
「三十七度八分。まだあるな」
「でも、だいぶ楽だぜ? 腹も減ってきたし」
時間を意識してなかったのだろう、陽介の台詞で時計を見ると当然お昼は過ぎていて。孝介は慌てて流しに近寄った。
「悪い、すぐお粥温めなおすから」
「サンキュ、でもその前にちょっと顔洗ってくるわ。うがいもしたいし」
台所で土鍋を手に取った孝介にそう言い置いて、陽介は洗面所に向かった。蛇口を捻って水を出すと、少し気温が下がった気がする。それにめげずにうがいをして水を飲むと、冷たいものが流れ込んだせいなのかぶるりと身体が震えた。朝ほどいやな寒気ではないが、さすがにこのまま冷水で顔を洗うのはいかがなものかと陽介が立ち尽くしていると、背後で前触れもなく扉が開いた。
「花村、どうせならもう一回着替え……」
「うおぅ! 脅かすなよ……」
「何やってんだ?」
新しい着替えを持って現れた孝介は、何をするでもなく立ち尽くす陽介に首をかしげる。
「あー……顔洗おうかと思ったんだけど、ちと冷たくて」
「そう言うことか、ちょっと待ってろ」
言うが早いか、孝介が台所へとって返した。程なくチンと言う軽い音がして、再び洗面所に戻ってくる。
「ほら、これなら冷たくないし、すっきりするぞ」
「おお! サンキュ!」
手渡された暖かい濡れタオルに感動して陽介が唸る。熱いくらいのそれを何とか広げると、顔全体を覆うようにして汗をふき取った。
「うおー、すげーすっきり気持ちいいー! お前マジ良い嫁になるよな」
「貰ってくれるんだっけ?」
「え、何を?」
「おれを。お嫁に」
他愛なく口にした言葉に朝のやり取りを思い出したのだろう。孝介が心臓に悪い事を言い出した。
「おま、そりゃ言ったけどよ……、なんつーか冗談っつか、勢いっつかで」
「本心じゃないのか?」
やけにその話題に食いつく孝介に、陽介は違和感を覚える。
「や、そうじゃねぇけど……お前、どうしたんだよ?」
「別に、どうもしない」
普段ならこんなこと絶対に言わない。もしかして『嫁に貰う』などと女扱いしたのが気に入らないのだろうか。それならそうで、孝介の性格からしてはっきり言いそうなものだが。そもそもあれは孝介が言い出したことだしと、どうにも掴めず陽介は困惑する。
「そんなことより、タオルが冷めちゃう前にさっさと着替えろ。背中拭いてやろうか?」
「あ、ああ、頼むわ」
訳のわからないまま無理矢理会話を切り替えられて、どうしたものかと思うが、孝介自身がどうもしないと言っているのだし、自分も本調子ではない。今ここでこのやり取りをつづけても不毛なだけな気もして、言われるまま陽介は着替える方に専念した。
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なんとも言えない雰囲気の中昼食を摂り、薬を飲んで再び二階に戻って眠ること数時間。目を覚ますと窓から差し込む日差しがだいぶ傾いていた。もうすっかり夕方だ。
一日しっかり寝たおかげで昼よりも更に身体が軽い。額に触れてみると今度こそ間違いなく熱は下がっていた。今なら孝介に体温計を差し出されてもばっちり平熱を表示する自信がある。心配かけどうしだったし一刻も早く元気な顔を見せてやろうと陽介が意気揚々階段を降りると同時に、ガラガラと玄関の開く音がした。
「あ、よーすけお兄ちゃん!」
「菜々子ちゃんお帰り」
靴を脱ぐのもそこそこに菜々子が駆け寄ってくる。見上げなくても良いように陽介が屈むとその額に手を当ててきた。小さい手は外から帰ったせいか幾分冷たく感じたが、すぐに陽介の額と同じ温度になり、菜々子は嬉しそうににっこりと笑った。
「もうねつないね」
「薬飲んでしっかり寝たからもう大丈夫。心配してくれてサンキューな」
「えへへー」
つられてにっこり笑った陽介にお礼を言われて、菜々子は笑みを深くした。
そのまま二人手を繋いで居間に入ると、珍しく孝介がソファで居眠りをしていた。テレビも点いたままになっている。
「お兄ちゃん、ねてる」
「あー……俺の面倒見疲れちゃったかもなー。すっかり世話になりまくりだったし」
ろくに動けない相手の面倒を見るのはかなり体力を消耗するだろう。ましてや意識も朦朧としていた陽介を着替えさせたりしていたのだから、その労力ははかりしれない。まだ夕飯の時間には早いしこのまま寝かせて置いてやるのも良いだろうと、孝介の膝に落ちていたタオルケットを肩まで掛ける。
「ああ! せんたくもの!」
ランドセルをおろした菜々子が外を見て声を上げた。目を向けると菜々子の言う通り、そこには乾いた洗濯物が出したままになっている。このまま放って置いたら夜露で湿気てしまうだろう。慌てて外に飛び出した菜々子を手伝ってそれらを取り込むと、掃きだし窓を閉める。カーテンも閉めて暗くなり始めた室内に電気を点けた。
「お兄ちゃん、おきないね」
テレビを観ながらのんびりと洗濯物たたむ。その音も決して静かではないし、そもそも菜々子が帰ってからこっちこれだけ騒いでいるにもかかわらず、ピクリとも動かない。いくら疲れているからといってもこれはおかしい。心配になって伸ばした手が孝介に触れた瞬間、その熱さに驚き陽介は手を引っ込めた。
「マジかよ?!」
凄い熱だ。おそらく自分の朝と同じか、もしくはそれ以上に。そこではじめて陽介は今日一日孝介が家にいた事に不審を覚える。自分はともかく、孝介は学校を休む理由がないはずだ。いくら陽介の熱が高くて心配だったとしても、それを理由に休んだりするだろうか。まあ、それもまた全くないとは言えないことだが。
「菜々子ちゃん、今日お兄ちゃん学校休むって言ってた?」
「え、お兄ちゃん学校休んだの?」
驚いているところを見ると、菜々子は知らないようだ。けれどもしかしたら孝介も朝から具合が悪くて学校を休んだのかもしれない。本より陽介と同じぐらい雨に濡れていたのだし、用意してきた着替えだって半分自分が奪ってしまったようなものだ。そんな状態で風邪をひくなと言う方が難しい。
「ばっかやろう」
「よーすけお兄ちゃん?」
泣きそうな顔で孝介を見つめる陽介のパジャマの端を菜々子が引っ張る。その力で陽介は我にかえった。
「ごめん菜々子ちゃん。俺、お兄ちゃんに風邪感染しちまったみてぇ」
「そうなの? お兄ちゃんかぜ?」
心配そうに陽介の影から孝介を見つめる菜々子の頭をそっと撫でる。
「大丈夫、ちゃんと薬飲んで寝てれば治るよ。俺も治っただろう?」
「うん……」
なるべく菜々子が安心するように笑顔を作ったつもりだが、それもさして成功しているとは言えない。そもそも自分が平常心でいられてないのにそんなことができるほど陽介はできた人間ではない。
とにかく、今自分でも言ったように薬を飲ませて寝せるが一番と、孝介を揺すった。が、反応は鈍い。これは本気で朝の自分より体調が悪いのかもしれないと、手が震える。それなら余計にこんなところで寝せておくわけにも行かず、意地でも担いで二階に上るしかないと孝介の手を引いた。
「おう、今帰ったぞー」
孝介を背負おうと四苦八苦していると、扉の音と堂島の声が聞こえ、菜々子が小走りに玄関に向かう。
「お父さん、お兄ちゃんが!」
「何だ、どうした?」
泣きそうな声の菜々子に驚いたのか、堂島がいつになくバタバタと廊下を走ってくる。
「堂島さん……」
「何やってんだお前ら。寝てなきゃ治るもんも治らねぇぞ」
「お前『ら』ってことは……やっぱり」
やっとの事で肩で孝介を支えている陽介を見て、開口一番堂島が言った言葉にやはりと陽介は思いあたった。間違いない、孝介は朝から熱があったのだ。だから陽介共々学校を休んで家にいた。本来なら孝介だって一緒に寝ていなくてはいけなかったはずだ。
「ったく、あれほどちゃんと寝てろって言ったのに、なんでこいつはこんなカッコでフラフラしてんだ」
それだというのに朝から甲斐甲斐しく自分の世話を焼いてくれて。昼過ぎに居間で見かけたときも今思えば具合が悪くてソファに座りこんでいたのだろう。そう思うと、あの普段らしからぬ孝介とのやり取りも納得できる。
「すんません、俺のせいです」
「あ? お前のせいってなんだそりゃ。てか、お前も寝てなきゃ駄目だろう」
堂島は手にしていたビニール袋をテーブルに置くと、づかづかと二人に近づいてきて、謝る陽介の頭を小突く。
「あ、いや俺はもう大丈夫で……」
「いいから、ほら寄越せ」
言うが早いか、陽介の肩から孝介を奪うとそのまま抱き上げる。
「菜々子、先に上いって布団きちんと敷いてこい。二人分な」
「うん、わかった」
先に行った菜々子を追うようにして、堂島が階段へと足を向けた。いとも簡単に孝介を運ぶ堂島に、陽介は悔しくて涙が出てくる。いくら風邪で体力が奪われているとはいえ、同じ男として情けない。
「おら、何やってんだ。お前も早くこい。風邪は治りかけが肝心なんだ。油断してるとまた熱が上がるぞ」
グジグジと気持ちが下降して行く陽介を、階段に足を掛けた辺りでこちらを振り返り堂島が呼んだ。その声がちょうど耳元で響いたのだろう、ぐったりしていた孝介が目を開いた。
「月森!」
「あ、叔父さん、お帰り……」
「お帰り、じゃねぇよ。ったく、ちったー言うこときけってんだ」
「ごめんなさい。花村もごめん」
「違うだろ、謝るのは俺の方だろ!」
「あーもーうるせぇ、お前らがするのはまず寝ることだ! ほら、行くぞ!」
耳元でぐちゃぐちゃと話しはじめた二人の会話を遮り、堂島が階段を上り始める。仕方なく口を噤んで陽介も後に続く。三人が部屋にたどり着く頃には、先に行った菜々子が布団を二組綺麗に並べて敷ききっていた。その上にゆっくりと孝介をおろす。
「菜々子、着替えわかるか?」
「うん、さっきとりこんだせんたくものもってくる」
そう言われて見れば、先程たたんだ洗濯物の中に自分が借りたパジャマが混じっていたのを思い出す。
「あ、それなら俺が」
「お前は寝ろって言ってるだろ」
「でも、俺本当にもう」
口答えする陽介を堂島がきつい眼差しで睨み付ける。その威力に思わず陽介はぐっと口を閉じた。
「いいよ、菜々子もってくるから」
元気よく階段を駆け下りて行く菜々子の背中を所在無げに見つめるしかなく、陽介はがっくりと肩を落とした。孝介の具合が酷くなったのは間違いなく自分のせいなのに、何にもできないなんて情けなさ過ぎる。そうこうしているうちに堂島は菜々子が持って戻ったパジャマに孝介を着替えさせると、布団に押し込んだ。
「今、飯持ってくるから、お前も布団に入れよ」
そう言い置いて堂島は菜々子を連れ立って部屋を出ていく。残されたのは荒い呼吸をする孝介と、ひたすら役立たずな自分。
「ホント、ごめん月森。俺……俺……」
横になる孝介の側で涙を流すしかない自分が本当に情けない。あの時、『月森が風邪をひいてくれたら』と思ったことすら思い出し、自分の愚かさに腹が立つ。
「花村、こっちこいよ」
正座した膝の上で拳を握って泣く陽介を、孝介が布団の端を持ち上げて誘った。そこに入れと言うことなのだろう。
「でも」
「いいから、寒いんだって。暖めて」
言われて慌てて身体を滑り込ませる。それだけじゃなく、自分用に敷かれた布団からも掛け布団を引っ張り、孝介の身体ごと包み込んだ。
触れる身体が熱い。もしかしたら、朝孝介の息を熱く感じたのも強ち自分の欲望のせいでは無かったのかもしれないと思い当たると、いったい自分は何を見ていたんだと殴りたくなった。けれど今更そんな事を悔やんでも始まらない。今は少しでも孝介が寒く無いように、けれど苦しく無いように、暖めてやることに専念する。
「花村……」
「どうしたまだ寒いか?」
「大丈夫。花村暖かいし」
「そか」
力なく笑う顔にどきりとするが、そんなこと感じてる場合じゃない。慌てて顔をそらすと、熱い額が胸元に擦りついてきた。パジャマ越しでもわかるその熱に陽介の心はざわつく。
「いつから具合悪かったんだ?」
「うーん……朝から、かな。でも熱は花村よりずっと低かったかし、あのくらいなら向こうにいた時だって普通にしてたし」
「あのくらいって、何度だったんだよ」
低かったと言っても、朝測った時三十八度五分だった自分と比べてな辺り、ちょっと怖くなる。
「うーん……三十八度ちょうど?」
案の定孝介の口をついて出たのは充分病人として寝込むのに値する体温で。それが普通だったと言うのがまた恐ろしい。
「ば! お前な……親とかなにも言わなかったのかよ」
「別に、言わなかったし。今回は叔父さんにばれちゃって休まされたけど、花村寝込んでるしちょうどいいかと思って」
そう言えば、孝介の親は共働きで、殆ど家にいなかったと聞いたことがある。忙しく働く両親に自分の不調を伝えるなど孝介がしたとも思えず、実際今本人の口から言わなかったと聞かされて、陽介はため息をついた。
「だからって、辛くないわけじゃないだろ」
「そうだけど、我慢できる範囲だったし」
「じゃあ、なんで俺の世話はあんなに一生懸命してくれたんだよ。そうした方が楽になるって知ってるからだろ? 同じことをして欲しかったんじゃないのかよ」
「それは……」
言われてはじめて気づいたのか、孝介が押し黙った。
「ったく、しょうがねぇな」
「花村に言われたくない」
「だったら言われないように、しっかり寝て治してください。ほら肩出てるぞ」
身じろいだ時にずり落ちたのか、布団から出た孝介の肩を抱えるようにして抱き込む。少しでも暖かくなるように、今まで孝介が我慢した分も包み込むように。
「花村」
「ん?」
「治ったら改めてしろよな、プロポーズ」
「な!? お前……」
今日一日の集大成と言わんばかりな孝介の要求に呆れつつも笑みがこぼれる。
「で、どうなんだよ」
熱のせいか、ちょっと拗ねたように見える孝介が可愛くて、陽介はその身体を抱きしめた。
「あーもー、プロポーズでも何でもしてやるから、さっさと寝ろ。また堂島さんに怒られちまうだろ」
「そうだな」
くすりと笑い合うと再びしっかりと布団を掛け、寄り添うようにして二人、目を瞑った。
*
「どうだ?」
しばらくして階段を上がってきた二人は部屋の扉を細く開け、すっかり日の落ちて暗くなった室内を伺う。
「ねちゃってる」
「おーおーくっついて仲良いこった。しゃーねー、少し寝かせてから飯食わせて薬飲ませるか。菜々子降りて先に飯食うぞ」
「はーい。おやすみ、お兄ちゃんたち」
そう呼びかけると菜々子はそっと部屋の扉を閉めた。
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