** ぐるぐる ろーらーこーすたー **


「もうすぐ授業が終わるな」

隣の席で頬杖をついている和希を啓太がちょんちょんと突いた。同時に和希は大きなため息をつく。いつものことなのはわかっているのだが、だからといって他の連中のように慣れないし、慣れたくもない。息を吐き出したときにうつむいた顔を上げ、窓の向こうに広がる青空を見る。いっそどこかに逃げ込んでしまいたい気持ちがひしひしと押し寄せてくるが、それは同時に啓太と会う時間も少なくなる結果になるわけで。それこそありえない選択だ。

(大体において、自分も授業があるにもかかわらず、どうしてあんなにはやく来れるんだ?)

もしかして、授業サボっているのだろうか? いくら仲が良いとはいえ俊介じゃあるまいし、それはないかとも思う。だったら尚のこと謎だ。
とか何とか思考をめぐらせているうちに午前中の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。教壇に立っていた教師はテキストを閉じ、教室の扉へ手をかけた。そしてその扉が開く…よりも先に後ろの扉が開いた。

「ハニー♪」

蜂蜜色の緩くカールした髪を軽く後ろで束ねた碧眼の長身が現れる。それを見たとたん、せっかく上がっていた和希の頭がまたため息とともに垂れた。

「成瀬さん、今日もはやいですね」

苦笑を浮かべて啓太が扉へと近づくが、それだけでは飽き足らず成瀬はぎゅっと啓太を抱きしめた。成瀬特有の挨拶だとわかってはいても、放っておくとどんどんエスカレートするそれを和希としてもこのまま放置するわけにはいかない。しかも、相手はそれを見越してやっているのだからまた性質が悪い。

「いい加減に離れてください」
「やあ、遠藤。会いたかったよ」

以前と違うのは力任せに二人の間に入り込まなくていいことぐらいだろうか? 和希が近づいてきたのがわかると、成瀬と啓太は示し合わせたように笑みを浮かべて、すっと離れる。

「啓太…」
「いい加減あきらめたら、和希」

そう、啓太もそれは承知の上なのだからもう…どうしたものか。
盛大に今日何度目になるかわからないため息を吐く和希の手を成瀬は嬉しそうに握り締めると、うきうきと裏庭に向かって歩き始めた。

「お昼休み終わるまでには和希返してくださいねー」

後ろから追いかけてくる啓太の声に『わかったよー』とにこやかに手を振り替えしながら。

***

「今日は遠藤の好きなハンバーグだよ」

裏庭の定位置であるベンチに腰を下ろし、成瀬は先ほどから片手に抱えていた包みをいそいそと広げた。中身はもちろん成瀬の愛情をたっぷり注いだ手作り弁当。

「絶対美味しいから、ね」

パチンと音がしそうなウィンクをされ、もはやため息も出やしない。こうなったらさっさと食べてしまったほうが早く解放されるのはいつものことなので、腹をくくって箸を伸ばした。すっと差し入れられるほど柔らかく仕上げられたハンバーグはさすがとしか言いようがない。趣味が料理だと言うだけあって、成瀬の作るものはどれもとても美味しいものばかりだ。しかもきちんと和希の好みに仕上げられているのだから、さもありなん。
無言でパクつく和希の横顔を成瀬がニコニコしながら眺めているのがなんとも居心地が悪い。

『啓太より君の事を好きになっちゃった』

と言う爆弾発言を聞いてからしばらく経つ。成瀬は啓太のことが好きなのだとばかり思っていたし、だからといって成瀬に啓太を渡すつもりも毛頭なかった。しかし、成瀬のことを好きになった啓太を、成瀬は振ってしまった。しかも理由はこれ。信じろと言うほうが無理がある。けれど当の成瀬と啓太の間では、既にこのことについて結論は出てしまった。傷ついた啓太を慰めてやることも出来ず、代わりにその役割を担ったのは篠宮で。結果として啓太は篠宮の元に落ち着いてしまった。

そうして愕然としている間もなく押し寄せる成瀬の攻撃にただいま絶賛翻弄中な和希と、それを暖かく応援する啓太言う図式が出来上がる。
まあ、啓太にしてみれば好きだった人には幸せになって欲しいと言うところなのだろうが、不思議なのは和希にとっても成瀬とまとまることが良いことに違いないと思い込んでいることだ。

『和希は成瀬さんの前だと子供っぽくなるんだよな』

そんな感想を啓太が持っているのは本当に屈辱だ。なんだって年下にこうも翻弄されなきゃならないのだろう。あまりのことに眩暈がしそうで、こめかみを押さえるようにして目元を覆った。







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