** Cristal de neige **


*** birdie side

一歩外に出れば街はクリスマス一色だというのに、birideの気分はすでにお正月。

「では、休憩はいりまーす。次の撮影開始は二時からですのでよろしくお願いします!」

お正月特番撮影がこう立て続けていれば、birdieでなくてもそんな気分になるだろう。
ADの声でばらけて行く出演者の衣装は、どれも羽織袴であったり、振袖であったり。女子アナが少ない『どこ行く?』の撮影現場ですら、セットがこれでもかとお正月をアピールしていて、いささか食傷気味だ。

「みんなお疲れ。食事は楽屋に用意してあるから」
「えー、オレここの弁当飽きたー」

坂上が休憩時間を利用して食事を取らせようと声をかけたとたん、和也が不満の声を上げた。ここのところずっと同じ弁当続きだし、ちょっとほかのものが食べられる機会があっても、コンビニ弁当が関の山。これでは和也でなくとも不満がもれるというものだ。

「じゃーかずやは食べないのね?」
「くわな……くはないけどー」

ギュルギュルとなる腹を抱えては、嫌だから食べない、とは言い切れず。そう答えるであろうことはわかりきっていながら、意地悪で言った喬志の台詞にも強くは出れなかった。

「実はそう言うかなと思って、今日は特別にスペシャルな物を用意したんだよ。柊さんが」
「え? 柊さんが?!」

birdieのマネージャー陣の中でも一番厳しい柊がしてくれた気遣いに、和也は本気で驚き、柊が担当する喬志ですらわずかに目を見開いた。

「なんだ、そんなに驚くことか」

そんな二人の様子に、柊が機嫌を損ねるのもまたしかり。

「そりゃそーでショ。鬼のマネージャーサンが差し入れーなんて持ってくるんだカラ。かずやじゃなくたって驚くワよ」
「そうそう、おれなんて優しくされたことなんて全然無いしね」
「アンタのは自業自得」
「えー、雅人が冷たいだけだよ」
「お前ら……」

思い思いに好意を踏みにじる連中に、柊の眉間には知らず深い皺が刻まれる。

「お前たちいい加減にしないか。せっかく柊がスペシャルを用意してくれたと言っているんだから、いつまでもこんなところで騒いでないで、さっさと楽屋に行って休憩しろ。ほら椿くんも」
「はーい」

事態の収拾を買って出たのはやはり的場で。促された面々は連れ立ってbirdieに与えられた楽屋へと足を向けた。




      *




今回の撮影はかなりの長時間に及ぶものだったので、用意された楽屋もいつもより広めで、大の男が七人入ってもまだ余裕があった。中央に大きなテーブルが設えられていたが、そこは既に大量の花束や差し入れで埋め尽くされている。
それらを押し退けるようにさっきまでは無かった一際大きな紙袋が数個鎮座していた。

「お、スペシャルってもしかしてこれ? すげー! 何だこの量!」
「軽く十人前はあるからな。これだけあれば長丁場でも何とかなるだろう」

一番最初に手を伸ばしたのはやっぱり和也だった。紙袋をのぞくと、中には大量の器が収められている。中のひとつを手に取り蓋を開けた瞬間、和也がまたしても大声を上げた。

「なあ、これってもしかして三原さんの料理じゃねぇの?!」

他の器を紙袋から出して並べながら、柊がこくりと頷く。

「こんな大量の仕出しみたいなことはしてないと一度は断られたんだが、何とか頼み込んでな」

今までも何度か、サンドイッチ程度のテイクアウトは良くしてきてはいたが、さすがにこれだけの物となると準備も必要だ。いきなり言ってどうにかなるものでもないのは重々承知していたのだが、どうしても柊はこれを食べさせたかったのだ。

特に彼、柊の恋人でもある『葉』に。

「へえ……雅人がねぇ」
「何が言いたい」
「別に。いいマネージャーだと思って」
「ふん」

そうでなくても笑顔の張り付いたような顔にニヤニヤ笑いを浮かべて恭一が絡んでくる。おそらく付き合いの長い恭一にはバレたのだろう。それでも、葉が喜んでくれさえすれば柊は本望だ。

「じゃあ、頂くとしよう」
「なんかちょっとしたパーティーみたいじゃね?」

全部開いてみればさすが三原というところか、しっかりとデザートまでそろっていて、思いもかけず楽屋でクリスマスを味わうことになった。柊が十人前といっただけのことはあり、birdieたちと恭一、それにマネージャー三人がたらふく食べても十分なほどのそれを、各々好きにとりわけ食べ始める。 ただ、葉だけはその輪に入ることをせず、隅に寄せてあった椅子に座り込んでいた。

「ほら葉も、そんな隅っこにいないでこっち来て食えよ」

そんな葉に気づいた和也が、明るい声で呼びかけたが、葉は力なく微笑むだけだ。

「小野塚君、どうかした? もしかして具合悪いんじゃない?」

元々アイドルらしからず、あまり中心に来ようとしない葉ではあるが、ここまでのことは珍しい。さすがの坂上も体調を疑わないわけには行かなかった。

「そーいえば、今日はよーちゃんのおとなしいのね。かずやがどーりで元気なはずだわ」
「なんだよそれ!」
「だって、よーちゃんのツッコミがないと、アンタ暴走しまくりじゃない」
「う」

喬志の言う通り、確かにちくりと刺す葉の冷静なツッコミが今日の収録ではあまり見られなかった気がして、一同が心配そうに葉を取り囲んだ。

「すみません、ちょっと朝から熱っぽくて」
「あらま、よーちゃんおかぜ?」

弱々しい笑みを浮かべたままの葉の額に、喬志がコツリと自分のそれをあてがう。

「ほんと、よーちゃんお熱あるみたい。寒い? これ貸してあげよっか?」

あまり体温を感じられない二人が額を寄せ合って何がわかるのかと思わなくもないが、少なくとも喬志は寄せた肌から葉の不調を感じ取った。そして、ファーのついた自分の衣装を軽く浮かせて小首を傾げる。

「ありがとう神沢。でも大丈夫。ちょっと休めばよくなるよ」
「そうだな、ちょうど長めの休憩だし、薬を飲んで少し横になっていろ」

軽く肩をたたいた的場を見て、葉が頷いた。

「でも、薬を飲むにしても少し食べないとじゃない? 葉クンの食べられそうなものがあればいいんだけど」

恭一の言葉に一同はテーブルの上の料理に目を向ける。が、食欲がない人間が食べられるようなものというよりは、どちらかというと重たいものばかり。どうしたものかと途方にくれるよりも先に、柊がもうひとつ包みを取り出した。






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